リエイブルメントという言葉を聞いたことがあるでしょうか。私も最近まで知りませんでした。リハビリ専門職等について調べていた時に偶然出会った言葉です。
調べてゆくにつれて、これは素晴らしい考え方だと思いました。
亡き父が退院して自宅に戻った時にこんなサービスがあったら、もっと自宅での生活を充実して生活できただろうと思います。
本記事ではリエイブルメントという考え方をご紹介するとともに、成功した市区町村の事例及び期待できる効果についてまとめています。
介護のサービスは最終的に市区町村によって提供されるものです。現場職員の声、利用者側の声というのが反映されれば、介護のサービスそのものも変わると思います。
このような新しい考え方があり、成功した事例があることを知っていただきたいと思います。
- なぜ今「リエイブルメント」が注目されるのか
- リエイブルメントの定義:短期集中・目標志向・生活再構築
- 医療と介護の間を埋める「インターミディエートケア」から発展
- なぜ今、日本でリエイブルメントが注目されるのか?
- 単なる身体のリハビリではなく「生活の再構築」
- まとめ:できなくなったことを補う介護からの脱却
- リエイブルメントの定義:短期集中・目標志向・生活再構築
- 日本におけるリエイブルメント実施状況と広がり
- 自治体がリエイブルメント導入に踏み切る理由
- 日本におけるリエイブルメントの成功事例:効果検証にもとづく2つのモデル
- 大阪府寝屋川市―RCT(ランダム化比較試験)による改善
- 山口県防府市―驚異的な「卒業率」と「維持率」
- まとめ:成功した自治体の共通点
- リエイブルメントと従来の「介護予防」との違い(介護予防マニュアルvsICF)
- 従来の介護予防:身体機能の改善に焦点をあてた「機能訓練モデル」
- ICF(国際生活機能分類)は生活・参加・環境から人を捉える「包括モデル」
- なぜ従来の介護予防では、生活が変わらなかったのか
- まとめ:リエイブルメントは介護予防の延長線ではない
- 利用者・家族・自治体にとってのメリット
- 本人の「できること」が増え、自信が戻る
- 家族の介護負担が確実に軽くなる
- 自治体にとってのメリット―持続可能な介護保険制度
- まとめ:「生活を取り戻す」介護支援へ
なぜ今「リエイブルメント」が注目されるのか
介護が必要になると、多くの方が「何をしてあげるべきか」に意識が向きがちです。
しかしイギリスで生まれたリエイブルメント(Reablement)は、まったく逆の視点を採用しています。
それは、「本人がもう一度、自分の生活を取り戻せるように支援する」という考え方です。
介護を受ける側にとっても、支える家族や介護職にとっても、「やってもらう介護」から「できる力を引き出す介護」へと転換するという考え方がリエイブルメントの核心です。
リエイブルメントの定義:短期集中・目標志向・生活再構築
リエイブルメントは、イギリスの自治体が2000年代に導入したサービスで、「生活機能が低下した人が、再び自立した生活を営めるようにする短期集中支援」として位置づけられています。
たとえば、
- 入浴が難しくなった
- 外出の機会が減った
- 家事ができなくなった
- 自信を失い、活動量が落ちた
こうした「生活上のつまずき」に対し、数週間〜3か月程度のプログラムで、生活を再び取り戻すことを目的とします。
ここで重要なのは、単に筋力や体力を向上させる「運動プログラム」ではないという点です。
リエイブルメントは、本人が望む生活(生活目標)から逆算して支援を組み立てることを基本としています。
医療と介護の間を埋める「インターミディエートケア」から発展
リエイブルメントはイギリスの「インターミディエートケア(Intermediate Care)」の一部として始まりました。
インターミディエートケアとは、入院後の自宅復帰や、生活機能低下からの回復を支援する仕組みで、2000年代以降、国レベルで整備が進められました。
そして2014年に制定されたCare Act 2014(ケア法)により、英国の地方自治体は、住民のウェルビーイング(幸福・健康)向上を法的責務として担うようになり、リエイブルメントは全国的な基盤サービスとして広がりました。
このように、リエイブルメントは制度としての裏付けを持つケアモデルとして発展してきました。
多くの自治体報告で、リエイブルメント利用者の約30〜40%が「6か月後も支援不要」という成果報告がされています。
リエイブルメント導入後、再入院率の低下や医療サービス利用減も報告されています。
生活の質改善で言えば、利用者アンケートで、70〜90%が「生活が改善した」「外出や家事ができるようになった」と回答しています。
これらの報告は、各自治体の報告書が基礎になっており、アウトカムの定義・追跡期間・対象が自治体によって異なり、評価の尺度が統一されていません。
長期フォロー(1年、2年、5年など)の報告が少ないため、持続性や費用効果についてはまだ定量化されていない模様です。
しかし現実的に効果がある手法であるため、現在ではスウェーデン、オーストラリア、ニュージーランド、カナダの高齢者ケアの現場で取り入れられています。
なぜ今、日本でリエイブルメントが注目されるのか?
日本でも介護度が上がる背景には、介護サービスを受ける本人の『活動量の低下→自信の喪失→社会参加の減少』というように、本人の生活そのものが縮小していくプロセスがあります。
リエイブルメントは、このプロセスを反転させるアプローチです。
日本でリエイブルメントが注目される理由は、
- 「できるようになりたい」という本人の意思を中心に支援をデザインできる
- 支援期間が短く、卒業を前提にするため、介護負担が減る
- 身体機能だけでなく、生活・役割・環境まで含めて改善できる
つまり、そもそも「介護が必要ない状態に戻す」という発想です。
家族にとっても、介護職にとっても従来の介護とはまったく異なる視点にたったアプローチです。
単なる身体のリハビリではなく「生活の再構築」
従来のリハビリは、筋力・バランス・歩行など身体機能に焦点をあてています。
しかし、リエイブルメントは、生活そのものを回復することをゴールにしています。
- 「料理を再開したい」
- 「ひとりで散歩したい」
- 「地域の活動に戻りたい」
これらは筋力や身体機能の回復だけではなく、生活・役割・環境・意欲がそろって初めて実現できます。究極の目的は利用者本人の自信を取り戻すことです。
まとめ:できなくなったことを補う介護からの脱却
リエイブルメントは、介護が内包する「本人ができないことを補う」という従来の発想ではなく、「もう一度、できるようになるための支援」です。
介護される本人にとっても「できる力を取り戻す」ことは、自信につながり、未来への希望をもたらします。
介護者にとっても家族にとっても、日々の介護の重さを軽減し、本人の生活の質(QOL)を大きく引き上げる可能性があります。
日本におけるリエイブルメント実施状況と広がり
日本でリエイブルメントという言葉が注目され始めたのは2010年代と言われています。
高齢者の増加とともに、各自治体が次のような課題に直面していました。
- 介護予防教室はあるのに、効果が見えにくい
- 通所サービスに通っても、生活は大きく改善していない
- 高齢者の「外出しない日」が増え、フレイルが進行してしまう
- 家族の介護負担が重くなりがち
そこで自治体は、イギリスのリエイブルメントやICF(国際生活機能分類)の考え方にヒントを得ながら、「生活機能」から支援を見直す新しいアプローチを採用し、独自に取り入れていった経緯があります。
2018年に大阪の寝屋川市は、日本で最初に「リエイブルメント型の短期集中予防サービス」を対象とした本格的な大規模RCT(ランダム化比較試験)を行いました。
2025年末の時点で、市区町村のホームページもしくは公的な資料パンフレットなどで確認できた導入済み及び検討中の自治体は以下の通りです。
[導入済み自治体]
| 都道府県 | 市区町村 | 特徴・補足(成果・取組内容) |
| 岩手県 | 盛岡市 | 介護予防事業の中で短期支援を導入 |
| 東京都 | 豊島区 | 通所Cモデル事業東京都短期集中予防サービス強化支援事業として2022年から開始 |
| 東京都 | 八王子市 | 「通所Bわくわく~住民主体による通所型サービス」として2022年に開始 |
| 東京都 | 府中市 | 介護予防の短期集中予防サービス事業(サービスC)として実施中 |
| 大阪府 | 寝屋川市 | 医療経済研究機構×千葉大学×成城大学×寝屋川市による共同プロジェクトとしてリエイブルメントのRCT(ランダム化比較試験)を実施(詳細は後述) |
| 山口県 | 防府市 | 地域包括支援センターと自治体が中心となり、短期集中の「生活再構築支援」をモデル導入。英国のリエイブルメント実践に学び、現在も継続中(詳細は後述) |
| 山口県 | 山口市 | 介護予防・日常生活支援総合事業において、「短期集中型サービス」を実施中 |
| 山口県 | 周南市 | リエイブルメントの概念に基づいた地域リハビリテーション研修会を実施 |
| 山口県 | 宇部市 | 宇部市短期集中予防サービス(hope)として2025年開始 |
| 神奈川県 | 相模原市 | 短期集中予防サービス(リエイブルメントプログラム)2024年から実施 |
| 高知県 | 南国市 | 南国市リエイブルメントパッケージを2023年より実施 |
| 高知県 | 須崎市 | 短期集中予防サービス通所型Cをモデル事業として展開 |
| 徳島県 | 東みよし町 | 短期集中予防サービス通所型C「のびのび教室」で理学療法士、歯科衛生士、音楽療法士など多職種が連携し様々な専門的支援を提供 |
| 愛媛県 | 今治市 | 第9期介護保険事業計画に「リエイブルメント=再びできるようになる」を掲げ、運動・栄養・口腔の複合型プログラムの教室を実施 |
[導入準備・モデル実施段階の自治体]
リエイブルメントの導入を検討している自治体も増えています。
下記以外にもあるかもしれませんがホームページ上での公開情報等から確認できた範囲では以下の通りです。
| 都道府県 | 市区町村 | 特徴・補足 |
| 千葉県 | 南房総市 | 令和6年度からリエイブルメントプログラム(短期集中予防サービス等)のモデル事業開始 |
| 茨城県 | 水戸市 | 2025年5月水戸市リエイブルメントサービスガイドラインを制定 |
| 東京都 | 福生市 | 福生市高齢者福祉計画・介護保険事業計画(第9期)に盛り込まれる |
| 東京都 | 西東京市 | 高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画(第9期)に盛り込まれる |
| 愛知県 | 豊明市 | 元のふつうの暮らしに戻す支援の充実(リエイブルメント)第9期高齢者福祉計画・介護保険事業計画に盛り込む |
準備中を含め、各自治体で独自の取り組みを進めていることがよくわかります。
自治体がリエイブルメント導入に踏み切る理由
自治体が独自に導入した背景には、次のような理由があります。
①高齢者の生活実態は機能訓練だけでは改善しない
病院のリハビリなどで入院中に身体の機能回復ができても、自宅に戻った途端に家に閉じこもってしまいます。
一人で外出する自信がないので外出の機会が減り、社会とのつながりが弱まっていき、結果的にフレイルの状態に戻ってしまいます。
こうした問題は、筋力トレーニングだけでは解決できません。
②自治体の財政・介護保険料に直結
地方自治体は介護サービスを提供する主体です。要介護者が増えれば増えるほど保険料は上昇し、介護サービス利用増加で財政負担が重くなります。
自治体の財政を圧迫するのを防ぐためにも、実効性があり、かつ予防効果が高い支援が必要です。
③ICF(国際生活機能分類)の視点
活動・参加・環境因子を含めて支援する「リエイブルメント」の概念は、政府が推進しようとしている地域包括ケアの理念と非常に相性がよいです。
このため自治体の介護に携わる職員の方には受け入れができる素地があったと言えるでしょう。
日本におけるリエイブルメントの成功事例:効果検証にもとづく2つのモデル
本記事では、エビデンスや公開情報が最も充実している2つの先進的な自治体を中心に取り上げます。
大阪府寝屋川市―RCT(ランダム化比較試験)による改善
寝屋川市は、日本で最もエビデンスが明確な自治体です。リエイブルメントを科学的に検証した日本初の自治体です。
リエイブルメントの研究は、医療経済研究機構×千葉大学×成城大学×寝屋川市による共同プロジェクトとして実施されました。
①実施時期
2018年2月から同年11月末まで研究が行われました。
登録者は375名で、介入群190名、対照群185名でランダム化比較試験(RCT)を行いました。
介入群に対して実施された内容は以下の5つです。
- 個別化(individualized)
- 生活目標(goal-directed)
- 多要素(multicomponent)
- 多職種(multidisciplinary)
- 期間限定(time-limited:およそ3か月)
まさにリエイブルメントの構造をそのまま実験デザインに落とし込んだ形です
②成果
短期の「自立維持」に有意差が見られました。
主要アウトカムは「3か月後に介護サービスをまったく使わずに生活できているか」でした。
RCT(ランダム化比較試験)で示された主要結果
| 指標 | 介入群(CoMMIT) | 対照群(通常予防のみ) |
| 3か月後のサービス非利用率 | 11.1% | 3.8% |
絶対差+7.3ポイント(95%CI:2.0–12.5)
副作用(有害事象)両群に差なし
この結果から、CoMMITを受けた高齢者のほうが、短期的に「自立を維持」できていたと結論に至りました。他にもRCT(ランダム化比較試験)によって示された成果は以下の通りです。
- 身体機能の改善(転倒リスク低下):TUG(起立歩行テスト)が平均1.5〜2.0秒改善
- 社会参加の増加:外出頻度が約1.3倍に増加
- 介護サービス未利用期間の延伸:介護サービスを必要としない期間が有意に延長
プロジェクトに参加登録した方の感想を探しましたが、寝屋川市のモデル事業報告や大阪府のプロジェクト記録には、具体的な生活改善の声や肯定的な感想が掲載されていませんでした。
寝屋川市のホームページで、事業参加者(Y氏)の通所型サービス(短期集中)利用前・後における測定時の動画が公開されています。大変な進歩が見られます。
③寝屋川市での成功理由
寝屋川市でのRCT(ランダム化比較試験)はなぜこのような成功を納めたのでしょうか。いくつかの理由が考えられます。
1.生活目標ベース(goal-directed)の個別プログラム
「買い物に行きたい」「坂道を歩けるようになりたい」など参加者各々の生活のゴールから逆算して支援しています。
これにより、本人のモチベーション維持と実生活への転移がスムーズに進んだと考えられます。
2.多職種・多要素の「リエイブルメント型チーム」
リハ専門職だけでなく、生活支援・相談・地域活動の支援も含んだ機能訓練だけでなく生活・参加を丸ごと支える体制がありました。
自立支援型地域ケア会議という会議体を新たに設け、対象者に元の生活に戻ってもらうことを多職種それぞれの役割を明確にして活動します。
生活支援コーディネーター「地域支え合い推進員」等との協力関係もこの中に含まれます。
3.セルフマネジメント(自己管理)を重視
寝屋川市のキーワードとして「セルフマネジメント」が繰り返し強調されています。
実験に参加登録者自身が、自分の体の変化を理解し、自分で続けられる習慣を身につけることが、成功の鍵の一つであったと言えます。
4.未検証で残されている課題
寝屋川市のRCT(ランダム化比較試験)は非常に価値のある研究で、海外にも論文として発表されています。
しかし、未検証で残されている課題もあります。
①長期の持続効果
RCT(ランダム化比較試験)のフォロー期間は3か月のみでした。
半年・1年・2年といった「持続効果」は今後の研究課題です。
特に、生活・参加の維持がどこまで続くかの結果までは確認できませんでした。
②財政インパクト(給付費削減効果)
RCTは「個人の自立維持」をアウトカムにしており、介護保険財政への影響までは扱っていません。
「自立を維持できた→給付費が削減された」という因果関係は容易に推定できますが、具体的な財政への効果までは評価されていません。
山口県防府市―驚異的な「卒業率」と「維持率」
防府市のリエイブルメントは、「英国モデル」を忠実に取り入れた日本版として高い評価を受けています。
支援内容の特徴は面談中心で、英国モデルに従って、サービスは週1回全12回のリハビリテーション専門職との面談が中心です。
「身体を触らず」「家にない器具を使わず」、利用者が自分自身で目標達成を目指します。
また「できない理由」を探すのではなく「できる条件」を探すICF的な視点にたった支援を行いました。
地域包括支援センターと自治体が中心となり、短期集中の生活再構築支援をモデル導入し、現在も継続中です。
成果は、全国の自治体でも突出しています。
防府市は「単年度研究」で終わらせるのではなく、自治体サービスとして継続している点が特徴です。
効果が持続しているため、市事業として価値があると判断された結果といえます。
①実施時期
2016年ごろから開始されました。平均支援期間は約3か月で、面談中心です。
②成果
卒業率:66.6%約3人に2人が、支援期間で生活機能を取り戻して卒業
2年半後の維持率:100%卒業者全員が要介護状態に戻らず生活を維持できています。
卒業後2年半の「全員維持」は国内トップレベルの成果と言えます。
残念ながら防府市のホームページ等ではサービス利用者の感想等は公開されていませんでした。
③防府市のリエイブルメントが成功した理由
防府市は、これまでとは異なるアプローチを採用しました。
1.コーチング・面談中心
リハビリテーション専門職による面談中心の支援(コーチング)により、自信を取り戻させ、本人の力を引き出す支援が中心です。
面談の頻度は毎週1回2時間で、生活の中で本人ができることを増やしていくために自宅での取り組み(活動)を一緒に考える、という形式です。
支援者が「代わりにやってあげる」ことを徹底的に排除し、本人の「できる条件」を一緒に探すというアプローチです。
英国のリエイブルメントを忠実に実装した形です。
2.生活支援体制整備事業との連携
リエイブルメントのおかげで、高齢者が介護サービスの利用が必要ない状態になった後に、地域のなかでその状態を維持できるのかということを多くの介護専門職が懸念しました。
家の周りにサロンや介護予防教室があり、地域とのつながりがある高齢者は、支援終了後も活動的に過ごしやすいですが、地域とのつながりが弱い人や利用できる場所が近所にない人も多くいます。
防府市では、こうした「支援終了後に活動を続けにくい人」を支えるために生活支援コーディネーターが重要な役割を担っています。
生活支援コーディネーターの仕事は、その人が「続けやすい」地域の場所や活動を探すことです。
すでにある地域のつながりに意味づけをして、参加しやすくしたり、必要があれば、新しい地域活動(サロンなど)を一緒に作るまで行います。
その人にとって役に立つ「地域の宝物」を見つけていく役割で、こういった活動のおかげで、リエイブルメントの卒業者は自分に合った活動を選ぶことができ、リエイブルメントで取り戻した生活を長く続けやすくなっています。
3.自立支援型地域ケア会議の活用
高齢者の地域資源の活用について、担当ケアマネジャーや生活支援コーディネーターだけでなく、より多くの関係者で効率的に情報収集やアイデアを創出するため、自立支援型地域ケア会議「幸せます会議」を実施しています。
この会議の対象者のほとんどが、リエイブルメント型の短期集中予防サービスの利用者であるため、専門職サービスについて検討するのではなく、サービス終了後に地域にあるものを活用して生活するための情報やアイデア出しが中心となっています。
このように、地味ながら多様な職種連携を運営した実績が、2年半で維持率100%の成果につながっていると考えられます。
④未検証の課題
寝屋川市がRCT(ランダム化比較試験)で科学的検証を行ったのに対し、防府市のモデルは「実践報告が中心」です。
成果は優れていますが、因果関係を厳密に証明したわけではありません。
まとめ:成功した自治体の共通点
日本のリエイブルメントは国主導ではなく、必要に迫られて実践してきた自治体の試行錯誤の結果と言えます。
寝屋川市(RCTで効果が証明)と、防府市(国内随一の高い改善率と維持率)という日本の「リエイブルメント成功二大モデル」を比較すると、両者に明確に共通する以下の3つの成功要因が浮かび上がります。これは単に「短期集中だから」「リハビリしたから」という単純なものではありません。
【成功要因①】「生活目標」を中心に据えた支援設計
寝屋川市のRCTでも、防府市の実践でも、「筋力を上げる」「歩行速度を改善する」といった身体機能中心の目標ではなく、「本人が取り戻したい生活」を支援の中心に置いています。
このgoal-directed(生活目標ベース)の考え方は、英国型リエイブルメントの中心的な考え方であり、2つの成功事例に完全に一致しています。
【成功要因②】多職種・多領域が協働し「生活全体」を支援
寝屋川市、防府市とも、自立支援型地域ケア会議を設置し、ケアマネージャーと多職種連携を図る場を設けています。
そして、「機能訓練」だけに閉じない、生活丸ごとのアプローチを実施しました。
生活支援・相談・地域活動への橋渡しまでを含む「生活の組み立て」「環境調整」に重点を置き、短期集中プログラムが終わった後の本人の生活習慣の変化にまで支援を広げています。
【成功要因③】セルフマネジメントを重視
寝屋川市は大阪府のレポートで明確に、防府市も自治体研修資料で強調されている内容です。
共通しているのは、「本人が自分の生活を管理できるようになること」を、成功の定義にしていた点です。
これは、自己効力感の向上、行動変容が持続する結果につながり、リエイブルメントのサービス卒業後も介護サービスを利用せずに済む状態を作り出しています。
リエイブルメントと従来の「介護予防」との違い(介護予防マニュアル VS ICF)
ではリエイブルメントと従来の介護予防は何が異なるのでしょうか。
「介護予防」という言葉は既に広く知られています。しかし、多くの家族や介護職の方が感じているのは、「運動教室に通っても、生活そのものはそれほど大きく変わらない」という現実ではないでしょうか。
一方、リエイブルメントで成功した自治体では、要介護状態に逆戻りする高齢者を大きく減らすことに成功しています。
ここでは、従来の介護予防とリエイブルメントとの違いをわかりやすく整理します。
従来の介護予防:身体機能の改善に焦点をあてた「機能訓練モデル」
厚生労働省が発行する介護予防マニュアル(第1〜第4版)は、以下のように身体機能を中心とした改善プログラムで構成されています。
- 筋力トレーニング
- バランス訓練
- 栄養改善
- 口腔機能向上
- 認知症予防
- うつ予防
- 閉じこもり予防
いわゆる「運動教室」や「通所型の介護予防」は、この枠組みが元になっています。
①介護予防マニュアルが依拠している考え方
背後にあるのは、WHOが1980年に採択したICIDH(国際障害分類)の階層モデルです。
機能低下(Impairment)→能力低下(Disability)→社会的不利(Handicap)
つまり、「機能が改善すれば、生活能力が向上し、社会的な参加も増えるはず」という上から下への一本線のモデルです。
できないことに焦点を当て、そこだけを改善していくアプローチです。義務教育の体育の成績評価に似ています。
国が重視しているのは「重度化防止」であるということも要因として挙げられます。
介護報酬改定や介護保険制度で、近年キーワードとなっているのは次の2つです。
- 自立支援
- 重度化防止
これらは確かに大切な視点ですが、目的は「悪化を防ぐ」「要介護化を遅らせる」という、予防寄りの思想です。
究極は介護保険制度の維持安定を図るのが目的であり、高齢者本人がどうありたいのかという視点は盛り込まれていません。
ICF(国際生活機能分類)は生活・参加・環境から人を捉える「包括モデル」
国の介護予防は「機能中心」ですが、リエイブルメントは「生活中心」と言えます。
リエイブルメントの思想の中心にあるのは、ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health 国際生活機能分類)です。
2001年にWHOが採択したICFは、人間の生活を以下の5つの要素で捉えます。
- 心身機能(体・認知の働き)
- 活動(日常動作:料理・歩行・入浴など)
- 参加(社会活動・役割・地域とのつながり)
- 環境因子(家屋構造、家族の支援、制度、交通など)
- 個人因子(価値観・興味・生活歴)
ICFでは、これらが相互に影響しあって生活をつくると考えます。ですから、身体機能だけが改善しても「生活」が改善しなければ意味がないという視点に立ちます。
たとえば、歩行速度が上がったとしても、本人が外出に自信を持てず、交通手段や付き添いが確保できなければ「自分で自由に外出できる生活」にはつながりません。
ICFはここを重視します。つまり、「生活を変えるには、環境も変える必要がある」というごく当たり前の視点を、公的フレームとして明確化したのがICFです。
| 視点 | 従来の介護予防(マニュアル) | リエイブルメント(ICF) |
| 基本発想 | 機能低下を改善する | 生活を再構築する |
| 目的 | 筋力・バランス・口腔などの改善 | やりたい生活を実現する(外出・料理・地域参加) |
| 介入の中心 | 運動・体操・訓練 | 面談・目標設定・環境調整・多職種連携 |
| ゴール設定 | テスト結果の改善 | 本人が選ぶ生活目標 |
| 期間 | 期間の定めなし/継続型 | 短期集中(3か月程度)+卒業を目指す |
| 改善の考え方 | 身体機能の向上が行動につながる | 行動・参加に必要な環境・心理要因にも介入 |
| 管理方法 | 教室形式・集団運動中心 | 個別支援・家庭環境を含めた生活改善 |
ICFには、高齢者本人の意思や『どうありたいのか』という視点が盛り込まれています。これが、リエイブルメントがこれまでの介護の常識を大きく再定義しているという理由です。
なぜ従来の介護予防では、生活が変わらなかったのか
従来の介護予防の限界は、以下のような構造的な問題が横たわっています。
①身体機能は改善しても生活改善につながらないケース多数
病院の機能回復訓練や、運動教室で歩行距離が伸びても、外出する習慣は戻りません。
理由は明確で、生活の「障壁」は家の中や地域環境にあり、運動だけでは解決できないためです。
特に外出時につまずいたり転んだりしないかという不安や、一人で外出する自信がないという心理的な障壁は大きいと思います。
②本人の「やりたいこと」が支援の中心にない
介護予防はプログラムが先にあり、本人が何のためにやるのかという意欲や希望が後回しになっています。
一方リエイブルメントでは、「料理をしたい」「孫の送り迎えがしたい」「一人で外出したい」など、本人の望む生活ゴールが最初に提示されます。
これが、運動を継続するという強い本人の内的なインセンティブに繋がります。
③心理面へのアプローチが弱い
身体機能より先に低下しやすいのは意欲や自信です。
リエイブルメントは面談中心で、本人が「やればできるかもしれない」と感じられる支援を行います。
逆に言えばリエイブルメントを行う人はコーチング的な要素を求められるといえるでしょう。
ダイエットにもトレーナーがつく時代に、運動機能の回復を目標に頑張る高齢者を助けるためのコーチング的な役割というのは必要ですし、理に適った考え方だと思います。
まとめ:リエイブルメントは介護予防の延長線ではない
リエイブルメントは単純な「介護予防のアップグレード版」ではありません。
介護は「できないことを補う」方向に流れがちですが、リエイブルメントは本人の意欲を引き出し、本人の設定したゴールに向かって支援を組み立てます。
目的も利用者に対するアプローチも、根本的に異なります。
だからこそ、従来の介護予防で成果が捗々しくない地域ほど、リエイブルメントへの関心が高まっているのです。
残念ながら、現時点で厚労省がリエイブルメントを制度化する動きは見られません。
しかし自治体レベルでは導入への関心が高まっています。
今後もリエイブルメントは自治体主導で進む流れが続くと思われます。
成果の出た自治体モデル(寝屋川市や防府市の成功例)がほかの自治体の参考モデルとなり、全国へ拡がる可能性はあると思います。
数年後、自治体発の流れが成熟した段階で、厚労省が方針として整理する可能性もゼロではありません。
いずれにせよ、日本のリエイブルメントは、介護保険を運営する主体である自治体が創り上げてゆくという方向性は変わらないと思います。
介護は国が創った「制度」ではなく「現場の問い」から変わってゆく可能性があるということです。
利用者・家族・自治体にとってのメリット
リエイブルメントは、本人だけでなく、家族や介護職、そして自治体にとっても持続可能な介護の形をつくる新しいアプローチです。
ここでは、そのメリットをわかりやすく整理します。
本人の「できること」が増え、自信が戻る
リエイブルメントの中心にあるのは、「本人の生活目標に基づき、できる力を取り戻す」という考え方です。
- 料理を再開できた
- ひとりで買い物に行けるようになった
- ゴルフに行けるようになった
こうした「生活の前向きな変化」は、筋力の向上以上に本人の意欲向上に貢献します。
「もう一度生活を取り戻せる」という感覚が、本人の自立心を大きく支えることができます。
家族の介護負担が確実に軽くなる
介護負担の多くは「やらなければならない介助」の積み重ねです。
リエイブルメントにより本人が再びできることが増えると、自然に家族の介護量が減り、心理的ストレスも軽減されます。
「やってあげる」から見守るだけでよい場面が増えることで、家族の生活そのものも安定します。
介護する家族の側の将来への不安が軽減され、介護疲れ・燃え尽き・介護離職の予防につながります。
自治体にとってのメリット―持続可能な介護保険制度
リエイブルメントは、本人・家族・介護職にとって大きなメリットがありますが、介護保険財政を担う自治体にとって非常に大きい価値があります。
現在、日本のほぼ全ての自治体は高齢化の加速によって、
- 要介護認定率の上昇
- 介護サービス利用者の増加
- 介護給付費の自然増
という構造的課題に直面しており、財政圧迫は避けられません。
その中で、リエイブルメントは「自立を回復し、サービス依存を減らす」という、財政に直結するメリットが注目されています。
ではリエイブルメントでどの程度、要介護認定率が下がるのでしょうか。
①要介護認定率の低下
山口県防府市が公表した資料では、要介護認定率が20.8%から17.7%に低下したと明記されています。

出典:医療経済研究機構・国際長寿センター「リエイブルメント導入マニュアル」
要介護認定率が下がるということは、介護サービス利用者が減り、軽度支援で済む高齢者が増えるということで、給付費の伸びが抑えられると考えられます。
防府市の場合、要支援者にかかる事業費は顕著に低減されています。

出典:医療経済研究機構・国際長寿センター
「2023.11.7社会保険旬報地方から考える社会保障フォーラム」資料
これは直接、自治体の財政負担の軽減につながります。防府市の場合、リエイブルメントプログラム後の地域連携が非常にうまく機能しているという事実があります。
やり方を変えれば介護サービスに依存する度合いを下げられるという大きな一つの成功例だと言えるでしょう。
まとめ:「生活を取り戻す」介護支援へ
介護とは「足りない部分を補うこと」だと思われがちです。
しかしリエイブルメントが示すのは、全く異なる視点であり「適切な支援と環境があれば、もう一度できるようになる」という可能性です。
リエイブルメントは、これまでの介護の常識に、静かな変化をもたらしつつあります。
本人の生活が元通りになり、家族の介護負担が軽くなり、自治体の制度運営も安定する可能性があります。
リエイブルメントは、これからの介護に関わるすべての人にとって「持続可能な介護」へつながる有力なアプローチと言えるでしょう。
そして何よりも大切なのは、高齢者ひとりひとりが「その人らしく生き直す力」を取り戻せるということです。
筋力を一定に取り戻すだけではなく、本人の希望と役割を取り戻すことで、生活は新しく回り始めます。
リエイブルメントという考え方は、「生活を取り戻す」という全く新しい視点をもたらしてくれます。
「老い」を免れることができる人はいません。私達は誰もが「高齢になっても、もう一度できるようになる」という可能性を必要としているのかもしれません。
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[参考資料]
介護保険の総合事業(モデル事業)における実証事業(寝屋川市)
介護予防・日常生活支援総合事業とリエイブルメント(公益財団法人長寿科学振興財団)
リエイブルメントとは(一般社団法人日本リエイブルメント協会)
