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イギリスNHSに見るICT導入推進の事例:日本との違いを考える

公開日:2024.01.24
最終更新日:2024.01.24

介護ICTを進めたいけれど、何から始めたら良いかわからないとお悩みの方は多いのではないでしょうか。

そんな方に向けて海外でのICT化の事例をご紹介したいと思います。

これは介護ではなく医療でのICT化事例です。また日本ではなく同じ先進国でもイギリスの事例です。

イギリスと日本では、医療や介護保険制度の成り立ちや運営も相当異なっています。

が、しかし課題部分は似通っており、現場の人手不足と予算不足は日英共通しています。

医療現場の職員が生活費高騰でスト突入等、職員の事情は、もしかしたら日本よりも厳しいかもしれません。

日本とイギリスでの組織や制度の違いを踏まえつつ、イギリスで思い切ったICT改革が実行されている事例を解説してみたいと思います。

ICTの導入事例:イギリスのNHS

2023年6月、英国の国民保健サービスNHSでイングランド地域を管轄するNHS Englandは、システムインテグレーターのBytesSoftwareServicesを通じてMicrosoftのサブスクリプションサービス群「Microsoft365」の5年契約を締結しました。

この契約によって、約150万人に及ぶNHSの医療サービススタッフ‐つまりNHS傘下の医療機関に所属する医療従事者および施設職員全員-がMicrosoft365を利用できるようになりました。

NHSと国民健康保険の違い

ここでイギリスと日本の医療保険と介護保険の制度の違いを少し補足しておきます。

NHSは正式にはNationalHealthSystemと言います。日本の国民健康保険に似た制度です。

NHSはイギリス保健省の管轄下にあり、イギリス保健省は日本の厚生労働省に相当します。

NHSは政府が管理する体制をとっていましたが、分権化によってイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの政府に権限が移譲され、独自の政策が進められています。

またNHSは、基本は医療サービスで、介護サービスの主体は地方自治体です。自助の精神という伝統的な考え方もあり、介護は公的保険の対象となってきませんでした。

地方自治体が公的な高齢者ケアサービスを提供しますが、このサービスを受けるには、自宅など自己の資産に関する公的な査定を受ける必要があります。

しかし最近は認知症等で医療と介護の境界を設定するのが難しくなり、NHSからも介護のサービスが提供されるシステムとなっています。

地方自治体とNHSのサービスの関係は複雑で、サービス利用者が仕組みを理解し、自分の受給できるサービスを予測することはかなり難しいと言われています。

介護保険制度が一般人には理解しにくくなっているのも日本と似ています。

規模という観点で見ると、日本で国民健康保険を運営するのは、都道府県です。

一方、NHS Englandは、England全域をカバーしますので、かなり広域です。日本のイメージとしては、関東全体とか九州全部とかの都道府県を超えた地域をカバーしていて、配下に数百の医療機関を抱える大規模組織です。

このNHS Englandが代表してMicrosoft365のライセンス契約を一括して締結したわけです。Microsoftから見ても、かなりの大規模契約だったに違いありません。

ICT導入の成果

かなり思い切った取組ですが、いきなり導入に踏み切ったわけではなく、2020年3月にNHS EnglandではWeb会議ツール「MicrosoftTeams」を導入していました。その際は試算値で、NHS職員に1700万時間以上の時間短縮効果が見られたと最高情報責任者(CIO)を務めるジョン・クイン氏が語っています。「会議を素早く簡単に手配できるようになったり、空いた時間を患者のケアに割けるようになったりと、大きなメリットが得られた」とのことです。

このような試算があって、Web会議ツールの効果を確認した上で、導入範囲をNHS Englandな全域に広げました。

医療機関が個別にMicrosoftと契約交渉をするよりも、NHSEnglandが医療機関全体を代表してMicrosoft365の契約交渉をすすめたわけです。

当然ながら通常の契約よりも、医療機関の導入費用は削減できます。

このMicrosoft365の導入は、医療従事者同士の共同作業やコミュニケーションの量と質を改善すること大きく貢献しました。

Microsoft365で、EnglandのどのNHSの医療機関同士でも、ビデオ会議が共通化できれば、リモートでのコミュニケーションがとりやすくなり、働き方改革を推進することにも役立つでしょう。また、災害時のデータのバックアップや、電話が普通になった時の代替え手段とすることもできます。

 

ICT導入における日本とイギリスの推進方法の違い

それではこういったことは日本では可能なのでしょうか。十分に可能だと思います。

しかし、例えば日本では、ケアプラン連携システムはまだ2024年の段階では数パーセントしか導入が進んでいません。

ケアプラン連携システムも、事業所をまたぐデータのやりとりが発生し、参加する事業所が増えれば増えるほど利益が出るネットワーク効果が働くものです。

イギリスと日本では、厳密に同じ比較対象にならないことは十分判っていますが、日本のケアプラン連携システムに見られるように、なぜ日本ではICT導入が遅々として進まないのか、その理由を考えてみたいと思います。

導入方式

イギリスの場合、NHS Englandが外資系であるMicrosoftと一括で契約交渉したというところが大きなポイントです。イギリスでは医療費の80%は税金ですから、このICT化の費用も、国が負担したのとほぼ同じです。

これに対しケアプラン連携システムは全て事業所からの申請が基本です。厚労省がシステムを構築し、各事業所から接続申請書が提出されない限り、いつまでたっても連携システムは広がりません。

しかも、日本でケアプラン連携システムの場合、一括購入どころか、利用料を事業所側が支払うという仕組みになっています。

申請制か一括購入かという、導入方式と費用負担はかなり大きな違いです。

カバーするエリア

イギリスの場合、NHSEnglandは、複数の地方自治体を超えて広域をカバーする独立機関です。

これに対してケアプラン連携システムは、厚労省から一括して委任を受けた公益社団法人国民健康保険中央会です。そして全国の事業所から直接オンラインで申し込みを受けるというやり方です。

国が直接旗を振って全国をカバーするか、ある程度の広域をカバーする機関が行うかというところが違いですが、厚労省からの委託で動く公益法人ですから、国からの予算に基づいて動いており、意思決定にかかるスピードは大きく違います。

ICT化推進の実施主体を考える

では、日本では、地方自治体で一括契約ができないのでしょうか?

そんなことはありません。地方自治体によってはNHSEnglandと同様、地方自治体が一括してシステムを導入したところもあります。

しかし、自治体によってかなり差があり、地方自治体の懐具合や人員に左右されているところが大きいのです。

その結果はどうなるか。

ICTが早く普及すれば、それだけ医療現場のコミュニケーションの質があがり、働き方改革も向上します。イギリスでも看護婦不足、医療現場の働き手の不足は深刻ですので、働きやすい職場の確保は大きな課題です。

逆に、ICT導入が遅れれば遅れるほど、従来のやり方は変わりません。日本の介護現場では、FAXが減らず、月末月初に事務仕事にかなりの時間がとられてしまい、介護やケアに本来充てられえるべき時間は、事務処理に充てられ、働き方改革も進まないでしょう。

ケアプラン連携システムというのは一つの例としてあげています。イギリスの真似をしてどこかのベンダーに丸投げしてMicrosoftのクラウドを導入しろと言っているわけではありません。

ベンダーに丸投げをするというのは、弊害もあります。いわゆるベンダーロックインと呼ばれるもので、特定ベンダーにのみ発注を続け、癒着が生じるということは、金融業界ではかなりたくさん起きています。

ただ、イギリスのNHS Englandという広域を見る機関が主導して、一括してICT化を進めるというやり方は、非常に効率的で導入が早いということを言いたいのです。

日本では、厚労省は「個々の事業所で頑張ってください」という立場で補助金をばらまくだけです。

しかもその補助金さえも、申請をする人がいないので十分に行き渡っているとは言えない状況です。

まとめ

今回の事例を調べてみて、日本でもイギリスでも介護や医療の現場で悩んでいることは、案外共通しているのだと思いました。

制度が複雑で、国が改革を繰り返しているところまで似ています。

もし日本でも、同じ地域内でどの介護事業所でも、どの医療現場も共通したビデオ会議システムがあれば、違った病院や事業所同士で会議ができますし、異業種連携も進みやすくなるでしょう。

サービス担当者会議などもリモートでできるようになります。転職しても、システムが同じなら戸惑うこともないでしょう。

最終的に介護業界が効率化されれば、国全体に利益が還元されるのだから、ケアプラン連携システムの費用など、全て国が面倒をみるべきだと個人的には思います。

確かに、一つのベンダーに依存するということは、セキュリティ、トレーニング等のリスクを抱えることになりますので、そのリスクは考慮しなければいけません。

しかしながら、今の介護業界のICT化の現状を考えると、それぞれの医療や介護の事業所でシステム導入の負荷を下げ、普及を早めるというメリットの方が、上回っているように思います。

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