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介護の生産性向上委員会が最初に見直すべきはDXより「タンス」?成功の秘訣はアナログな改善にあり

公開日:2026.04.22
最終更新日:2026.04.22

「生産性向上」「介護生産性向上委員会」と聞くと、何から初めて良いのか途方にくれる方が多いのではないでしょうか。

管理職や現場で働く職員の方の中には、「高価なICTシステム」や「一人一台のタブレット」といった取り組みを思い浮かべ、少し身構えてしまう方もいるかもしれません。

しかし、本当の生産性向上は、デジタル機器の導入そのものが目的ではありません。

厚生労働省のガイドラインでも、最初に行うべきことは「プロジェクトチームの立ち上げ(手順1)」と、現場の「課題の見える化(手順2)」であると示されています。

本記事では、現場を大きく変えた成功事例をご紹介します。現場を劇的に変えるのは、最初から導入する最新機器ではなく、日常の「小さなイライラ」を解消することから始まりました。

この記事では、その成功要因をひも解きながら、失敗しない「クイックウィン(小さな成功体験)」の作り方と、職員のやりがいを最大化する現実的なステップを、具体的に解説します。

1.介護の生産性向上委員会が直面する壁。なぜ「正しいデジタル化」は上手くゆかないのか?

介護の生産性向上委員会が主導するデジタル化が、うまく進まなかったり中途半端に終わってしまったりする最大の理由は、ツールの性能不足ではありません。受け入れる現場スタッフの「心の余裕」や「納得感」が置き去りにされていることにあります。

どれほど優れたICTツールであっても、導入の目的が「現場の負担軽減」ではなく「経営側の管理効率」に偏ってしまうと、現場では新たな「押しつけの業務」と受け止められてしまいます。

特に、日々のケアや事故防止対策に追われ、精神的にも肉体的にも余裕がないスタッフにとって、新しい操作を覚える時間は「さらなる負担」でしかありません。

この「委員会の理想」と「現場の疲弊」の間にある温度差を埋めない限り、どれほど正しいデジタル化であっても現場に根付くことはありません。

厚生労働省の資料でも、取組を開始する際にはまず「取組意欲を高めることが大切」であると示されています。

今回成功事例としてご紹介するサンライフ野田でも、当初は転倒防止対策などの意図が全スタッフに伝わらず、現場との間に温度差が生じるというジレンマを抱えていました。

同施設の報告では、以下のようにその葛藤が語られています。

 

「転倒事故に直接関わったり再発防止対策を実践したスタッフ以外には、対策の意図が伝わらなかったり温度差が生じたりしました。23名の介護職他職種全員に伝えきれないジレンマがあったように思います」

 

デジタル化を進める前に、まずは委員会と現場スタッフが同じ方向を向くための「対話」が必要です。新しいツールを導入する際には、「これで自分の仕事が楽になる」と現場が実感できるように伝え、納得感を得ることが欠かせません。

2.生産性向上委員会の成功事例:ICT導入の土壌を作ったアンケートと「衣類整理」

福井県のサンライフ野田が実践した「やりがいましましプロジェクト」は、介護の生産性向上委員会がどのように現場を変えていくべきか、その理想的なステップを示しています。ここでは、同施設が歩んだ3つのプロセスを見ていきましょう。

1)現場の「本音」を引き出したアンケート

現場の課題を可視化するためのアンケートでは、単に「不満」を聞き出すだけではなく、職員自らが「解決策」までをセットで提案できる形式にしました。

課題(マイナス面)とやりがい(プラス面)を同時に問い、解決策までを現場に委ねることで、職員一人ひとりが「自分が現場を変えている」という主体的な参加意識を持てるようにするためです。

その結果、委員会がトップダウンで指示を出すのではなく、現場発信の改善が生まれる土壌が整いました。

サンライフ野田の介護の生産性向上委員会が実施したアンケートは、まさにこの「当事者意識」を引き出す工夫が盛り込まれていました。

出典:厚生労働省 介護現場の生産性向上の取組発表① 動画

 

「表には仕事のやりがいや楽しさ、課題や辛さを問い、裏にはやりがい・楽しさを増やし、課題や辛さを解決する具体的な方法を問う様式にしました。このアンケートを取りまとめるスタッフも管理職だけではないメンバーを選び、その名も『やりがいましますプロジェクト』としてスタートしました」

 

この取り組みにより、現場スタッフの声は単なる「改善要望」にとどまらず、施設の未来をつくる「具体的なアイデア」として活かされていきました。

2)「衣類整理」がもたらした時間と心の余裕

一見すると些細な取り組みに思える「衣類整理」ですが、実は業務時間の短縮だけでなく、職員の自己肯定感を高める大きな「クイックウィン(小さな成功体験)」となりました。

探し物や配置の乱れといった「名もなき無駄」を省くことで、現場には時間的・精神的な「ゆとり」が生まれました。結果として、そのゆとりがケアの質の向上に繋がり、利用者様やご家族からの深い感謝という強烈な成功体験につながったのです。

サンライフ野田では、衣類整理によって入浴準備や排泄失敗時の対応時間が大幅に短縮されただけでなく、看取りという大切な場面で心の通うケアを実現することができました。

 

「(看取りの際)整理した衣類の中からご本人がお気に入りだった赤いセーターを着ていただくことができました。……ご家族から『最後に好きだった洋服を着せてもらえて嬉しい。タンスの中もきれいにしてくださっていて、本当にありがとうございました』という言葉をいただきました」

 

整理された衣類と一枚のセーターが、人生最期の大切な時間を支える力になったのです。効率化の先にある「誰のために、何のための介護なのか」を考えさせられる事例です。

3) アナログの成功後、満を持して「デジタル改革」へ

アナログな改善によって「改善のメリット」と「心の余白」を実感した段階で、ICTの導入が進められました。

現場がすでに「自分たちで職場を良くできる」という自信を持っていれば、新しいデジタルツールは「押しつけられた負担」ではなく、「自分たちのケアをさらに磨くための武器」として前向きに受け入れられるようになります。

サンライフ野田では、衣類整理などのアナログな成功体験を積んだ後も、小さな改善を一つひとつ積み重ねていきました。

 

「アンケート結果の中から進める取り組める物品購入や記録時間の見直し、福祉用具の使用状況をまとめ、センサーマットや見守りカメラの課金について定期的な見直しなどに取り組みました。アナログ的な小さな取り組みばかりですが、どの取り組みも業務効率の向上につながっています」

 

こうした積み重ねの後、補助金を活用し、全室Wi-Fi環境の整備やスマホ記録、見守りカメラなどを一挙に導入しました。その結果、安否確認の手間が激減しました。タイムカードから指紋認証による勤怠管理を導入し始め、給与計算や人員体制、法令遵守チェックの負担も軽減されています。

 

「スタッフの意識として義務的だったものが、効果や成果を求めたり積極的に取り組む姿勢が増えたりしたように感じます。そしてこれらは科学的介護への手段となっています」

 

ICTは魔法の杖ではなく、チームの力を引き出すための強力な「手段」です。その前提として、新しいツールを受け入れられる「心の土壌」がどれだけ大切か、ということをこの事例は教えてくれます。

3.介護の生産性向上の武器は「アンケート」現場の課題を可視化

介護の生産性向上委員会が最初に取り組むべきことは、新しいIT機器の選定ではありません。現場にある「見えない困りごと」を明らかにするための、アンケートの実施です。

現場の課題は、スタッフ一人ひとりの経験や感情の中に埋もれています。それらを客観的なデータとして「見える化」しない限り、委員会が打ち出す対策は「管理する側」からの一方的なものと受け取られてしまいがちです。

アンケートを通じて職員全員の「リアルな負担」と「大切にしたいやりがい」を引き出すことで、委員会は根拠に基づいた優先順位を立てられるようになります。同時に、スタッフ側にも「自分たちの声が組織を動かしている」という信頼感が生まれます。

厚生労働省のガイドラインでは、「手順2:現場の課題を見える化しよう」として、専門的なツールの活用が推奨されています。

例えば、Excelマクロを用いた「課題把握抽出ツール」を使えば、職員が感じている課題を集計・分析し、グラフで分かりやすく可視化できます。サンライフ野田でも、このアンケートがすべての改革の出発点となりました。

 

「全職員が記入したアンケートは、介護技術や意識・意欲、職員間のコミュニケーション、記録・マニュアルのこと、認知症対応・リハビリ、また建物構造・備品など多岐に渡るものでした。同時に職員の方が裏に書いた解決法も、ハッとさせられるもの、気づきを与えられるものも多くありました。」

 

これらの現場の知恵を、プロジェクトメンバーで一つずつ仕分けをして因果関係図に起こしていきました。

出典:厚生労働省 介護現場の生産性向上の取組発表① 動画

このように、多世代・多職種のメンバーで課題を分類し、因果関係を丁寧に整理することで、現場が本当に求めている改善ポイント「衣類の整理」を優先的に実施することができたのです。この改善施策は費用もかからず、すぐ取り掛かることができ、その結果、効果がすぐに実感できるものでした。

アンケートも特別な費用が要らず、効果も実感しやすい取り組みです。だからこそ、最初の一歩として非常に有効です。

1)「アンケート」をスマートに。クラウド型アンケートツール「Googleフォーム」

介護の生産性向上委員会が現場の声を集める際には、厚生労働省が配布しているExcel形式のツールに加えて、「Googleフォーム」などのクラウド型アンケートツールを活用することで、よりスムーズに意見を集約できる場合があります。

理由は主に3つあります。

第一に、「デバイスを選ばない回答のしやすさ」です。

現場スタッフは、PCの前に座って作業する時間が限られています。Excelの操作に不慣れな職員も少なくありません。その点、スマートフォンで回答できるフォームであれば、休憩中や移動の合間など、すきま時間を活用して回答することができます。

第二に、「集計作業の自動化」です。

回答は自動で集計されるため、委員会側の転記や集計といった「名もなき業務」を減らすことができます。その分、結果の分析や改善策の検討といった、本来注力すべき業務に時間を充てることができます。

第三に、「多世代・多職種の参加しやすさ」です。

シンプルなリンクから回答できるため、デジタルに不慣れな職員でも取り組みやすく、心理的なハードルを下げることができます。最近ではスマートフォンの音声入力も活用でき、入力の負担軽減にもつながります。

厚労省が提供する「課題把握抽出ツール」は有用なツールですが、Excelマクロを使用しているため、スマホやタブレットで閲覧・回答するにはOffice365の契約や最新バージョンが必要になるというシステム上の制約が出てくる場合があります。

サンライフ野田の介護の生産性向上委員会は、最後は丁寧にホワイトボードで要因分析をされていますが、そこに至るまでのデータの整理は、できるだけ効率的に行いたいところです。

Googleフォームは、回答をリアルタイムで自動集計し、その場でグラフ化できる点も大きな特長です。

Excelでのデータ集約やアンケート集計作業で委員会が疲弊してしまっては、本来の目的を見失いかねません。大切なのは、現場の声を「集めること」ではなく、集まった声を「どう活かすか」です。

施設職員の方が感じられるような、手軽で続けやすい仕組みを整えていきましょう。

2)介護の生産性向上委員会が明日から取り組むべきアクションプラン

介護の生産性向上委員会が明日から取り組むべき最初の一歩は、現場のスタッフが抱える「不便」に寄り添い、短期間に一つだけ具体的な変化を生み出すことです。

現場は日々多忙を極めており、長期的なICT導入計画だけを伝えられても、それが自分たちの負担をどう減らすのか実感しにくいのが実情です。

まずは予算をかけずにできる身近な「不便」を解消し、「委員会が動けば、自分たちの仕事が楽になる」という信頼関係を築くことが、その後の大きな改革を支える不可欠なステップとなります。

厚生労働省のガイドラインでも、改善活動の準備段階において「取組意欲を高めることが重要」とされており、最初の取り組みとして「職場環境の整備(整理整頓)」が、デジタルツールを使わない施策として挙げられています。

出典:介護サービス事業(施設サービス分)における生産性向上に資するガイドライン(施設・事業所向け手引き)

実際に、サンライフ野田の事例では、衣類整理という身近な課題を解決したことが、入居者や家族からの「ありがとう」という言葉につながり、スタッフの大きな達成感とやりがいを生み出しました。同施設は、この小さな改善の積み重ねこそが大切であると振り返っています。

 

「小さな業務改善の積み重ねが大切だということです。なぜ改善が必要なのか、改善することで何が得られるのかということをチームで理解し、日々の小さな業務の中で実践することが大切だと実感しました」

 

まずは現場で「日々の業務の中で、地味に時間を取られている作業は?」とスタッフに尋ねてみてください。そこで見つかった小さな「不便」を、一つだけでも短期間で改善してみましょう。その小さな変化が、スタッフからの信頼につながり、将来のデジタル化を前向きに受け入れるための土台になっていきます。

4.デジタルは「手段」、目的は「ゆとり」

介護の生産性向上委員会が目指すべきゴールは、単なるIT化そのものではありません。職員の笑顔とケアの質を向上させるための「心のゆとり」を生み出すことです。

デジタルツールはあくまで業務を改善するための「手段」に過ぎません。

現場にゆとりがないまま導入を進めても、現場にとって新たな負担となり、本来の目的であるはずの「質の高いケア」から遠ざかってしまう可能性があります。

一方で、「タンスの整理」といった小さなアナログの改革で生まれたわずかな時間は、入居者一人ひとりに寄り添うケアや、専門性の高い「科学的介護」を実践するための土台へと変わっていきました。

一見小さく思える一歩が、チームの信頼を築き、将来のデジタル化を支える大きな力になります。あなたの施設で、今日から取り組める「タンスの整理」は何でしょうか?

「デジタル化の波に、現場を置き去りにしないために。」

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【参考資料】